忘れられない二つのキャンプ

いつもファンはありがたい

 昭和五十一年、五十二年と「長嶋巨人」を寄せ付けず三年連続日本一を達成した阪急ブレーブスは五十三年、高知でキャンプインした。午前中は温暖。そよともしないチャンピオンフラッグは午後から風を受け、筆山を背に悠然と翻った。当時サンケイスポーツ記者。張り切っていた。
 下手投げエース山田、足立がおり、抑えに剛速球の山口。打っては核弾頭の福本、左の加藤。強肩揃いの内野陣はメジャーのように深甚なシフトを敷き、俊足の外野陣は左、右中間真っ二つのライナーを苦もなく捕球した。高度なサインプレー、逆の解読技術も球界を大きくリードしていた。
 高知を訪れた野球解説者、評論家たちは徹底的な走塁練習、六面からの一斉ノックなど斬新で効率的な練習方法に感嘆した。巨人V9監督、川上さんも来て褒めた。『キューポラのある街』など日本を代表する映画監督、裏山桐郎さんの姿もあった。熱烈なファンだったが、阪急から依頼され、小中学校教材用にキャンプ・ドキュメント映画を撮影していた。
 高知の夜、飲んで裏山さんは何度も咆哮した。「あれはアウト。形として美しいプレーが完結している以上、アウトじゃ。」四十四年、巨人との日本シリーズ第四戦。土井の本塁突入をセーフとされ、流れが変わったシーンを思い出してはこぶしを振った。
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  秋霜烈日と言うが、翌五十四年、近鉄バファローズの宿毛キャンプはもっとすごかった。猛吹雪が煌々としたライトを霞ませる中で、夜間打撃練習が始まった。平野、栗橋、羽田らが打ち出して止まらない。「すごいキャンプらしい。敵情視察や」と阪急の球団幹部らと到着早々悽愴の気に目を奪われた。
 「何時間でも打っとる」と担当記者。根源的にチーム力をアップするには練習しかない。量で質を凌駕してみせる。「打倒阪急」にかける西本幸雄監督の信念、迫力には粛然とした。
 そして勝つ。六月二十六日夜の前期V(前後期制でした)。翌日の一面は、大阪球場に舞う西本さんと作家、横溝正史さんの手記が載った。『八つ墓村』など金田一耕助シリーズのベストセラー作家は近鉄パールズ結成以来のオールドファン。直前、手記依頼のため、東京・成城の自宅を訪ねた。
 横溝さんは持参した球団帽を快くかぶり、「西本さん、ありがとう」と叫んだ。結成当時から運動欄の小さなニュースを探し、ラジオにかじりつく。「もとより近鉄戦は中継しちゃいない。『各地の途中経過』を聞くためだよ」。よく途中までリードしてるが、翌朝、新聞を開くと逆転負けばかり、と笑わせた。「近鉄は上品で好感が持てた。親会社が強大だしネ」
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 その近鉄と阪急の後継オリックスが「合併統合」する。球界大変動に、大阪の居酒屋「大虎」の夜も揺れた。パ一筋に現役生活三十一年目、ダイエーの影浦安武が活躍する『ビッグコミックオリジナル』(小学館)最新号の漫画『あぶさん』第七百四十八話。常連の野球談義も湿りがちだが、作者の水島新司さんは酔客に仮託して、二リーグ制維持の提案を出した。
 「余った選手たちで新チームを結成、四国で旗揚げや。四県がオーナーとなり、毎年、開幕戦は持ち回りや」
 かくもファンは悩んでいる。漫画の締めくくりは「夢かいのぉ…」だったが。


(04.07.24) 産経新聞/ 記者が読む  編集委員 藤原義則