塁間を駆け抜けた男 【4】
                                                                  >> Next
極意は「だまし合い」 常勝巨人の前に完敗

 時間にして3秒。塁間27.43mでの戦いを福本豊は「だまし合い」という。
 「男はだまされ、だまし、まただまされて一人前になっていくんや」。その人生哲学がプロ入り以来、ひたすら走り続けた盗塁の極意となった。
 相手バッテリーにとって、塁に出てもまったく走るそぶりをみせないのに、あっさり盗塁を決めてしまう走者ほどやっかいなものはない。ロッテ・オリオンズの正捕手、醍醐猛夫は「リードがあまり大きくないから、走りそうな感じがまったくない。でも、そのうちスルスルッとやられてしまうんだ」と白旗をあげた。南海ホークスの香川伸行はその足に脅えるあまり、スタートをきっていないにもかかわらず、無人の二塁に送球してしまったこともあった。
 「盗塁の責任は7割が投手や。投手が自分のクセを知らんかったら、肩のええ捕手がおってもあかん。まあ、ぼくも投手のクセを覚えるまで6、7年かかったけどね」。こう話す福本をクセ盗みの名人にさせたのは、実は1台の8ミリカメラだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
 2年連続盗塁王タイトルを獲得した1971年(昭和46年)のシーズン中、個人的に購入した8ミリカメラで一塁からスタートするところを人に頼んで撮ってもらっていた。ほとんど自分の姿しか見ていなかったが、あるとき、そこに映っていた近鉄の鈴木啓示の捕手への投球と、けん制のときのモーションの微妙な違いに気づいた。セットポジションから投球動作に移る前に数センチ肩が下がる_。実際に試合で確かめると、間違いはなかった。
 それ以来、枚試合後、支度で8ミリビデオを食い入るように見るのが日課となった。腰が開く、ひざが曲がる、足の上がり方が変わる…。なかには明らかにスタンスが違う投手もいた。映写機で映し出される投手を見る福本の目は、まるで財宝を探し当てた探検家のように輝いた。
 クセを盗まれていることが分かったパ・リーグ各投手は、隠すことに懸命になった。それがまた新しいクセになる。いまではビデオで相手投手を丸裸にする作業は、当たり前になっている。その先駆者は、試合ごとに増えていくビデオの数に合わせるように盗塁テクニックに磨きをかけた。ところが、その足が完全に封じられたことがあった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
 モーリー・ウィルス(元ドジャース)の持つシーズン世界記録を更新する106盗塁をマークした72年の日本シリーズ。相手は7年連続日本一を達成している読売ジャイアンツ。その年、『闘将』西本幸雄率いる阪急ブレーブスはパ・リーグのペナントレースを圧倒。その原動力となった切り込み隊長、福本が常勝軍団を負かすキーマンとなっていた。
 読売ジャイアンツの正捕手、森昌彦が弱肩だったこともあって、シリーズ前のネット裏の意見は「福本がジャイアンツのバッテリーをかく乱する」で一致した。ところが、その予想は見事に外れた。
 当時、南海ホークスの村上雅則、佐藤道郎、江本孟紀らは福本が出塁すると決まって、投球フォームをコンパクトにした。いまはごく普通に使われている「クイックモーション」という球界擁護はこのときにできた。
 堀内恒夫、高橋一三ら読売ジャイアンツ投手陣は、その手本をさらに徹底させた。警戒網の前に、試みた盗塁はほとんど失敗に終わり、シリーズ5試合でわずか1盗塁。舌打ちしながらベンチに引き上げる福本を一番悩ませたのは堀内だった。
 第1戦に続き第2戦も勝利投手となった相手エースのクセが、どうしても見抜けなかった。すり減るほどビデオを見ても、投球とけん制のモーションに違いがない。結局そのシリーズ、阪急ブレーブスは読売ジャイアンツに1勝4敗と完敗した。このとき改めて常勝軍団、読売ジャイアンツのすごさを思い知らされた。

(03.2.25) 産経新聞SPORTS EXPRESS/ あの瞬間  西井禎一